父の日イメージ

父の日に北海道旅行へ行きました

「父の日に北海道旅行へ行こう。」その妹の一言がきっかけで、人生で忘れることができない家族旅行をすることができました。
父が倒れたのは3年前のことでした。
一命は取り留めたものの、出歩くことが好きだった父は、その影響で車椅子生活を余儀なくされました。
それからは父はふさぎ込むようになってしまい、日に日に元気がなくなってしまいました。
父は昔から北海道が大好きで、旅行した時のアルバムを事あるごとに家族で見ていましたが、その後はほとんど見ることはなくなり、いつしかテレビの旅番組なども見ることを避けるようになっていました。
その間に妹は大学4年生となり、皮肉にも旅行会社にに就職が決まりました。
父は喜んでいたもののどこか少し寂しげな表情を浮かべていたことを覚えています。
冒頭の誰もが言いたくて言えなかった言葉を妹が発したのは、1年前の春のことでした。
その時、妹は社会人2年目の春を迎えていました。
父は「自分には無理だから私を置いてみんなで行きなさい」と言ったものの、家族があの手この手で説得をすること1カ月、やっと頑固だった父も折れてくれました。
久々の遠出だったため、計画は念入りに練りました。
父の体に負担にならないように、日程は3泊4日間とし、空港には介護タクシーを手配してもらいました。
父が好きな小樽に1泊、その後道南の方へ向かい、最終泊は函館に泊まることにしました。
手配は妹の会社にほとんどお願いしました。
父は、「お前達に全て行き先は任せる」と計画にはほとんど口出しすることはありませんでしたが、自室でこっそり北海道の観光地やホテルを調べていることを知って、本当にうれしかったです。
北海道ではとにかく写真を沢山とり、家族水入らずの日々はあっと言う間に過ぎ去ろうとしていました。
そして、3日目の夜みんなで夜景を鑑賞するために、函館山の山頂へ車で目指しました。
その日の函館は霧がすごく、行くのを辞めようかと話していましたが、山頂に近付くにつれ霧は晴れ渡り、山頂でタクシーから降りた私たちの眼下には、今まで見た全ての景色より美しい夜景が飛び込んできました。
感動のあまり誰も声が出せないなか、妹がぼそっといいました。
「私が旅行会社に就職しようとしたのは、お父さんとこうやって色々なところへ一緒に行きたかったからなの」確かに妹が卒業した大学の学科は、英文科でした。
小さな頃の夢は英語の教師だったと記憶しています。
周りの人々が澄み渡っている夜景に歓声を上げるなか、私たち家族だけには函館の街が滲んで見えました。

Copyright(C) 2010 贈る.com All Rights Reserved.