父の日イメージ

父のいない3回目の父の日にグルメだった父の好きなものを

父が亡くなったのは12月の年も押し迫った頃でした。
亡くなるまでの3ヶ月、父は、ずっと病院のベッドの上でした。
グルメで美味しいものが大好きなくせに、会社で配られたお菓子で珍しいものがあると家に持ち帰ってくれて私たちに食べさせてくれました。
私たちが、小学生だった頃あまり裕福ではなかったので、旅行などほとんど行ったことがありませんでした。
夏休みの絵日記に、みんなは旅行に行ったことなどを書いていても私たち姉妹は近くの海で磯遊びをしたことくらいでした。
でも母がいつも節約している姿を見ていたので、どこかに連れて行ってほしいとは言えずにいました。
学校の先生の夏休みに皆さんはどこに行きましたかと、聞かれることが一番嫌いでした。
でも両親を恨むことはなかったです。
それは、父が会社の人が出張でいった場所のお土産のお菓子を持ち帰ってきてくれたので、私たち姉妹はいろんな土地の名品を知っていました。
後で知った事ですが、父が子供をどこにも連れていけないから自分が食べずに持ち帰る姿を見て他の人たちも私たち姉妹の分を分けてくれたのだそうです。
そんな私たちが、子供のころの「父の日」に父に贈ったのは、父への肩たたきけんなどのお金のかからないものでした。
中学になってなぜかそんな優しい父なのに、疎ましく思った反抗期には、父と言い争う事もありました。
一時的な事でしたが、父はきっと辛い思いをしたと思います。
そんな環境なのに東京の大学に進学したいと言った時は全く反対もされずに応援してもらえました。
教師になって地元の学校で教鞭をとりたいと思ったのですが、教員採用試験には受からなくて、都会で仕事をしました。
都会でいとこの結婚式があるときなどに両親が出てきたときなどは、前日に自分が食べておいしかったお店で両親にいろいろと食べてもらいました。
子供の頃行けなかった旅行は、自分で国内、海外どちらも何度も行きました。
海外でもこれは、父が好きそう、母が好きそうと買い物をして実家にはすぐに帰らなくても宅配便でお土産を送りました。
父が病気がちになった頃には、実家に帰った時なども通販で取り寄せた各地の名産を父に食べてもらいました。
今の時代は、地元に行かなくてもあちこちから美味しいものが取り寄せで来ていい時代だと思います。
だんだんと食が細くなった父が、喜んでくれたのは山形県の名産品でした。
母が「お父さんがお代わりしてる」と驚いたその商品は、父がいなくなってから3回目の父の日にまた取り寄せようと思います。

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